家族 マイホーム | Good 住mile Company

トップ > 令和2年3月> 21日

心地よく暮らすために、捨てる

2020年3月21日「土曜日」更新の日記

2020-03-21の日記のIMAGE
多くの人が「心地よい暮らし」を望んでいる。時間的にも、空間的にも、そして精神的にも、ゆとりのある暮らし。楽々とした暮らし。何事も滞りなくスムーズに運ぶ、順調な暮らし。てきぱきとした暮らし。しかしどっこい、そうはゆかない。これまた多くの人が、そういう暮らしを夢見ながら実現できないでいる。なぜだろう、と思う。その大きな原因のひとつに「捨てられない」という現実があるのではないか、というのが私の意見だ。見渡せば要らないモノばかり、職場の机の上は、先週の会議で使った資料の山。なんに関する書類なのか、すぐには判別できなくなった書類の山。そんな資料や書類に紛れて、散らばっている文房具の数々。散乱したメモ響き。書き損じた経費の精算書。空になったコーヒーの紙コップ。そんな机の上を眺めながら「そういえば、ここのところ、机の表面を見ていないなあ。肌の表面、どんなだったっけ。デスクマットが敷いてあったんだっけ、なかったんだっけ。どんな色だったんだっけ」と溜め息まじりに、つぶやいてみる。家に帰れば家に帰ったで、そこも職場の机の上と似たり寄ったりの状況だ。ここ一年、いやもう二年以上、一度も着ていない衣類の山。捨てようと思って、そこに置いたままになっているタオル類。読み終えた新聞や雑誌の山。DMや広告チラシの山。手紙やハガキの山。壊れたまま放り投げてある電化製品の山。梱包をほどいてもいない、人からのもらいもの。そんなモノの山々が至るところで山崩れを起こしている始末である。まあ、こんなゴチャゴチャ、ゴミゴミした状況の中では、とてもとても「心地よく暮らす」ことなど、できまい。「朝っぱらから、きのう財布をどこに置いたのかわからなくなり、探しているうちに遅刻しそうになり、あわてて職場に駆けつけると机の上に積み上げておいた書類が崩れて床下に散乱している。朝一番の仕事は書類の片づけで、そのうちに肝心の仕事が遅れ遅れになり、上司から怒られ取引先から嫌味をいわれ、周りからあきれた眼差しを向けられる。名誉挽回と夜遅くまで残業をやってがんばるのだが、疲れた心と体を引きずってまたあのゴチャゴチャしたモノが至るところにあふれている我が家へ帰るのかと思うと「あーあ」ではないか。なんだか疲労が倍増してきそうである。「心地よい暮らし」からはほど遠い。

このページの先頭へ